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第1話 DD-151 投稿日: 2007/12/25 00:41:00
『Year of the Horse』

―Flags of Freedom―

−旗がたなびく空を見上げると、鳶が優雅に空を横切っていた。あの頃と同じ気持ちで、空と旗を見上げることはもうないだろう。−

 碌な事が起こらないときは、昔から決まって朝は雨だった。
 その日はアパートの入り口で足にまとわり付いてきたコーギーを蹴飛ばすと、黒人の老女がナチの元SSに毒付くユダヤ人のような罵倒を俺に浴びせた。
 ベーコンエッグは火加減が出来なくなったコンロのおかげでスナック菓子のようにクリスピーになり、テレビのニュースでは『理想の家族像』という世論調査第1位が「結婚しないこと」という、キャスターの思惑通りでなかった報道を聞かされた。
 通りのニューススタンドで買った新聞は袋とじのおまけが付いていた。袋とじを無理に破ったときに、楽しみにしていた新聞小説の『ジョニーウォーカー・ブラックラベル』が真っ二つになった。
 まったくをもってこの雨のせいだ。骨に沁みる寒気も陰気な雨音も辛気臭い。眺める全てが忌々しい。
 そしてこういうときに限って買い置きのタバコは切れてしまい、近くの露店に買いに行こうと階段を降り切った所で傘が無いことに気づき、かっぱらいのガキに罵倒され、巧い具合に強くなった雨脚の中を往復して、事務所のビルの入り口で虹を見上げる羽目になる。
 これで今日の不運を使い果たしたならそれでいいと紳士的に考えてみたが、腹の虫が収まる訳は無く、いつも以上に苛々していたのは否定しない。
 事務所に帰っても着替えが無いのを忌々しく思いつつ、ビルの階段を上がり事務所の前に来る。黒人とメキシカンばかりのこの雑居ビルなのに、ドアの向こうから小龍包のいい匂いがしてきた。勝手にスイッチを入れたらしいFMから、盲目のピアニストがシャウトしている歌が隣近所に響くくらいの大音量で流れていた。
 耳の遠い老人に言って聞かせる声には苦情が来るこのビルも、R&Bだけはなぜか誰も文句は言ってこない。
 外に出ていた僅かな時間に誰にも気づかれなく入ってくるこの女とは、絶対に夫婦になりたくないなと思った。
 彼女が小龍包の油まみれな手でページをめくっているのは、絶版になったQmagazineのOasis特集号だった。早速本を取り上げて独り言と同じ感じで問いかけた。
「今日はどんな厄介ごとを俺は掴まされるんだ?タイワン」
「30,000でボディーガードの仕事、取り敢えず12日間」
 こちらも壁に話す風情で答える。悪びれもせずにマガジンラックからこんどはスポーツイラストレイテッドを手にとるが、それもあまり他人に触らせたくない類だったのですぐに取り上げる。まったく可愛げが無い。
「うちは探偵なんだがな。ボディガードなら中東町に専門が掃いて捨てるほどいるだろう」
「そうだね。でも彼らって純粋に護衛するだけだから、状況判断や情報収集にいまいち弱いんだよね」
「なら巣穴の狼どもにでも協力させればいいじゃないか」
「まあそれもそうなんだけど、その辺を含めてあなたに頼む理由は二つあるの。
一つ目は情報収集しながらじゃないとまともに護衛なんて出来ないってこと。もう一つはその巣穴の狼やら青封筒の連中が嗅ぎ回っている人物の護衛って事」
「50,000だな。敵に回すには分が悪すぎる。装備もある程度は都合してくれなけりゃ受ける気にもならん。それにどこのVIPだ?最近そこまでの大物なんざこっちに話が流れてくる前に消されているのが普通なのに」
 思わずタバコを取り出して火をつける。
「クライアントの要望よ。ノーコメント。あ、ありがと」
 タバコを咥えたタイワンに火を貸す。珍しく礼を言われた。
 前々から気になっているのだが、なぜだかタイワンは金払いのいい名乗りたがらないクライアントを多く抱えている。まったく、こっち側の稼業の人間としてはおこぼれにでも預かりたいところだ。
 それにしてもどうしてこううちに仕事を持ち込む連中は、青封筒や巣穴の狼を敵に回したがるやつが多いのだろうか?
「それで、探偵さんどうする?断ると自動的に鑑札がクーロイ巡査部長に返上されることになるんだけど」
「あいつは巡査長だ」
「一昨日昇進したそうよ。マカロニーノ君の違法トトカルチョの摘発に成功したお祝いですって」
『同級生が同級生を摘発する。人生って、わからないわね』
 といった風情でタイワンは眉根を寄せて同情して見せた。つまり、クーロイを買収してこちらが断れない状況をご丁寧に用意したらしい。
「引き受ける以外の返事が出来ない気がする。気のせいか?」
「返事は自由にするべきよ。ここは自由の国らしいし」
 なるほど、返事次第でどうなるかも自由と言うことだ。まさに自由万歳だ。最もこの場合はお手上げと言う意味なのだろうが。
 確かに自由の旗を仰いだところで、自由なんてものは手に入りはしない。
 簡単な話だ。自由とは勝ち取るもので与えられるものではない。プラカード片手にデモ行進しても、参加の自由と自己満足は満たされるのだろうが、それ以外は何も残らない。
 怠惰の自由を行使すれば、貧困の義務がお越しになる。世の中なかなか無駄というものが無い話だ。
 それから数分何も喋らず考え、タイワンは何も答えず返事を待った。その態度は返事は決まったものだと言いたげで癪に障ったが、出来るだけ平静を装ったつもりだ。
「延長は受け付けない。それから要望した武器や道具は12時間以内に調達しろ。それで、肝心の護衛対象はどこにいる?」
「要求は出来るだけ聞いて貰うように交渉してあげる。なにせお客様の命懸かってるからね」
「そう理解して頂けると嬉しいね。それからさっきの質問にも答えて貰いたい。会えないのなら最低限写真とプロフィールを用意して欲しい」
「あら、案外と仕事熱心なのね」
「自分の命が惜しいだけだ。エシュロンやノーラッドもだが、お前らだって敵に回したくはない。今のところ生き残るにはタイワンのお客さんを守る以外にどうしようもなさそうだしな」
「あらあら消極的ね。同じ言うなら私があなたを見直すくらいの大嘘ついてくれればいいのに」
「昔からリップサービスが三倍の暴力になって帰ってくる事しかなかったんでね。自重させて貰うよ」
 それに対してタイワンは護衛対象ならそろそろ到着する頃だと答えた。それならばと暫くタイワンの世間話に付き合うことにして、デスクの後ろからジムビームを取り出した。
 二人でビンを回し飲みしながら、NASAの新型ロケットの話からインスタントのクラムチャウダーに虫の死骸が入っていた話までとりとめもなく話していた。
 それから一時間して、タイワンにとっての『そろそろ』がどれくらいの時間なのか聞いてみようかと思った矢先に、タイワンから質問してきた。
「ところで、いつになったらお客さんに会いに行くの?」


 嫌がらせ半分で市警に電話を入れて、クーロイからの言い訳を1ダースほど電話の向こうで聞く。
 護衛対象がなぜかもうアパートに合鍵で入り込んでいるという説明に納得ができず、ガソリンタンクに穴があいたように燃費が悪くなった車に苛立ちながら門扉を開けた。
 確かに無用心にも家の鍵は開いていた。玄関の脇にトランクが横倒しになっていて、開いた蓋から着替えがラインになってシャワーに向かっていた。
 トランクも服も女物だった。ただ色は白ばかり、表面は色気のかけらもないものばかり。
 人物に不安を感じながら家の中を探し回り、『それ』はベッドルームで丸くなっていた。
 長い黒髪と血色のいい白肌。閉じた瞳の向こうには、何かを潜り抜けてきた人間特有の意志の強さを秘めていた。
 その塊を直視できない理由が二つあった。ひとつは全裸だったこと、そしてもう一つは子供だったことだ。
 タイワンが護衛対象の説明をはぐらかし続けた意味を、後悔と共に今目の前で理解しつつある。

 少女の通り名はフェイだという。まともに名乗らない理由があるからこそ、護衛が必要というわけだ。そう納得しなければ、自分を騙せそうも無かった。
 肩下まで伸びた黒髪と、油断のない大きな黒い瞳。いや、目の中に微妙なグリーンも混じっているようだ。
 身長は150cmもないだろう。少し弾むように歩く様はバンビそのものだ。起きた後服を着ろとしつこく言ったら、ショーツとキャミソールだけは辛うじて着てくれた。
 いつも口を固く結び、視線は合わさずに周囲に気配を探り続けている。それではすぐに疲れてしまうだろうが、いつもの癖なのかやめられないらしい。
 会ってから半日。フェイが目を覚ましてから6時間になるが、まだ一言も喋らない。
 こちらが話し掛けると首を縦か横に動かすので、意思の疎通は可能だった。どうも自分を守ってくれる人間には一応の従順さを示すらしい。これはフェイの性格というよりも、そういう人生をずっと送ってきた結果のような気がした。
 その割に勝手にシャワーやベッドを使う図々しさも持っている。トイレに行って帰ってくると、ピザのデリバリー広告に赤マジックで丸がつけてあるものを差し出されたりする。そして気がつくと財布から正直者のジョージが数人いなくなっていたり、フェイのトランクに見慣れたシェービングフォームや万年筆が無造作に投げ込まれていた。
 つまり従順さを示すものの、家の中にストリートチルドレンを一匹招き入れたのだと覚悟したほうがいいらしい。こんな育ちの悪そうな野生児を3000も出して護衛する必要が本当にあるのだろうか、甚だ疑問だった。
 一人で放って置いても生きていける位の逞しさは十分に持っている。

 トランクの中の盗品を取り返してシャワーを浴び、ピザのデリバリーを受け取ってフェイの目の前に置いてやった。黙ってこちらに一瞥をくれたのは、どうもお礼のつもりらしい。
 キッチンからタバスコを取り出して、ピザの上に振りかけようとしたら、物凄い勢いで腕を掴まれた。辛いものはてんで駄目なようだ。目の必死さが年相応に必死そうではじめて子供っぽいと思えた。
 ピザを一切れだけ紙皿から取り出して、たっぷりタバスコを振りかけてビールと共に流し込む。露店のサンドイッチやベーグルばかりで、最近温かい食べ物を口にしていなかったのを思い出した。
「なあ」
 日付が変わる時分になっても、相変わらずテレビに釘付けになってテレビショッピングの健康器具を眺めているフェイに、たまりかねて声をかける。いつのまにか冷蔵庫からビールとビーフジャーキーがフェイの目の前に移動している。
「少しくらい喋ってくれないか。辛気臭くてかなわない」
「…」
 返事は無言の一瞥だった。
 気が向いたら相手をしてもいい。そんな態度で全身を使って表現している。もしかしたら会話は有料なのかもしれないと考えて一人で苦笑いを浮かべる。

 財布と通帳をベッドルームに移動させて、金庫よりも枕の下のほうが安全確実だと踏んでそのまま寝ることにした。
 フェイはまあ、好きな時に好きなように寝るだろう。先にベッドを取られては安眠もままならない。クロゼットから予備の毛布と枕を取り出して、リビングのフェイの上に投げ置いてから、「おやすみ」と挨拶だけしてベッドルームの扉を閉めた。聞き違いでなかったら、かすれた小さな声で「おやすみなさい」と返してきた気がした。
 念のためすぐに脱出できるように準備だけ済ませると、冷蔵庫から持ってきておいた缶ビールを飲み干してベッドに潜り込んだ。なんだか妙に疲れていた。

 明日は何も決まってはいない。予定に束縛されないのは気楽な人生だとつくづく思う。けれども明日を自由に選べるというのは、自分で何も決められない人間の言い訳なのかもしれないと、まどろみの中でふと思った。

『あの旗に忠誠を誓う。自由と正義のために』

 小学生の頃だっただろうか。今ではクロゼットの中の埃除けにしたい気分のあの旗の下でそんなことを始終口走っていた。
 別に子供にそう言うことを信じ込ませるように唆していた大人を恨むつもりは無いが、騙されていた事実と、同じ思いを抱いていた同い年の子供たちが、今ではものの見事にバラバラになってしまった事実に暗澹たる思いに囚われてしまう。

Oh beautiful, for spacious skies,
For amber waves of grain,
For purple mountain majesties
Above the fruited plain!

America! America!
God shed his grace on thee,
And crown thy good with brotherhood,
From sea to shining sea.……

 仲間同士で肩を組んで歌っていた頃の気持ちは、今も心の奥底で鋭い刺になって突き刺さり、記憶の表側に浮かび上がっては、感情を揺さぶりつづける。

続く

解説 DD-151 投稿日: 2007/12/31 23:21:00
さて、今回は長いので恒例のタイトル曲のネタばらしだけはしておきます。
今回はアメリカのおっちゃんロッカー、ニール・ヤングと盟友クレイジー・ホースの曲をタイトルにしています(一部ニール単体のクレジットもあり)
 ギターは哭きまくり、メロディは重く味わい深く、いつの間に心捉えて離さない。そんな大人ロッカーな人たちです。
 人相見てると凶悪犯罪者にしか見えないのもご愛嬌w

Neil Young - Flags Of Freedom
http://jp.youtube.com/watch?v=h2EDi-QZ4Es
タイトル曲はこれです。

America The Beautiful
http://jp.youtube.com/watch?v=zZcwO26_G6I&feature=related
最後の歌詞はこういう歌。アメリカの第二国歌と言われている曲なんだそうで。
いろんなミュージシャンカバーしているので、あえて一般人の合唱Verで。

では、年越しに続編UPいきますです

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